5年生 クラブ新人戦準優勝

 

 

 

 

 

 雪だ。

 

 やっと、雪が降った。

 やっとと言うと、なんだか待ちに待っていたかのように聞こえるが、別にそんなことはない。

 寒いし、道路は凍るし、服は汚れるし、良いことなんてまるでないからな。

 

けれど、子供の頃は、メリットなどないただの白い塊を見るだけで浮かれ気分になったものだ。

 

 小さな子供たちを見ていると、そんなことを思い出す。

 

 今日はちょうど、保育所でサッカー教室を行う日だった。

 

 私の傍らにいる1歳児、2歳児の子供たちが私の服の裾を引っ張る。

 そうして、言葉にはなっていない声で、何かを訴えかけてきた。

 その子たちが指差すのは窓の外。

 窓から覗く景色は雪山の風景を一部切り取ったような吹雪だった。

ちょうど雪の降りがピークを迎えていた。

 

げっそりとする私とは対照的に、子供たちは楽しそうだ。

 

 

誰にでもこんな時期があるのだ。

 

 

 なんてことのないものなのに、それがあるだけで楽しむことができる。

 

 

 けれど、時が経つにつれて。

 それは変わってしまう。

 

 いろいろなしがらみに囚われることになってしまうから。

 

 交通状況の悪化や。

 服の汚れ。

 仕事の都合を気にしてしまう。

 

 あとは、そうだな……。

 

 プレッシャーを感じ。

 そのせいでボールを持つのを怖がり。

 あとは決定機を恐れたり。

 決勝という重圧に押しつぶされたりな。

 

 そんな必要ないじゃないか。

 

 我々は、ボールを触るのが楽しいからここにいるのだ。

   誰しも最初はそうだったはずだ。

 

 

 昔、こんな選手がいた。

 

 

彼は特別な選手ではなかったが。

 あるところは、他の選手と一線を画していた。

 

 彼が所属するサッカー部はいわゆるスパルタで、朝練は毎日きつーい走りで始まる。

 監督も怖かったし、ボールを使う放課後の練習ですら、選手たちは憂鬱だった。

 

 そんな高校だったが。

 

 彼のことを、後輩がこんなふうに言っていたらしい。

 

「あの人は、めちゃくちゃ楽しそうにサッカーをするよね」

 

 きっと褒め言葉で言ったわけではないのだろう。

 空から降り始めた白い塊を見て「あ、雪だ」と、見たものをそのまま呟いたような、単なる感想だが。

 

 

 今になって、それがどれだけ大切なものなのか分かる。

 

 

 それ、それなのだ。

 

 

 ドリブルが上手い。

 トラップが、パスが正確。

 周りをよく見ている。

 でかい。

 速い。

 

 どんな選手にも様々な特徴があるだろう。

 でも、そのどれよりも。

 

 楽しそう。

 

 これがきっと、一番素晴らしい特徴なのだろう。

 

 我がチームにも、いろんな特別を持つ選手がいる。

 足が速かったり、両足使えたり、小さくても逆を取れたり、パスが上手かったり、頑張る選手だったり。

 

 でも、他者から自分を一言で表現してもらった時。

 その自らの能力すべてを差し置いてまで。

「楽しそう」という言葉をもらえるだろうか。

 

 

 そんな選手がそろってグラウンドに立っていれば、そのチームはとてつもなく強いことだろう。

 

 頑張って走って守備をする。

 ボールを奪う。

 球際は強く、激しく。

 

 常に求めてきたことだ。

 じゃあ、なぜ求めてきたか。

 

 

 攻撃をするためだ。

 ボールを触るためだ。

 楽しむためだ。

 

 

 ボールを触らないとサッカーは楽しくないし、守備より攻撃をする方が面白いはずだ。

 なのに、そこにプレッシャーを感じ、恐れを抱いて、怖がって、どうするんだ。

 

 恐怖からくるパスと。

 攻撃を継続するために、つまり楽しみ続けるためにするパス。

 これには天と地ほどの差がある。

 

 恐怖を感じながらのシュートと。

 幸せを覚えながら振り抜くシュートと。

 訪れる結果は違ってくるだろう。

 

 

 我々は楽しみ続けるために、攻撃をし続けなければいけない。

 そのためには懸命に、ひたむきに、ボールを奪いに行かなければいけない。

 

 そして、攻撃を続けるために、攻撃をできるようにしないといけない。

 

 西濃の新人戦から、その課題には気づいていた。

 イレギュラーなレギュレーションであるチビリンピックではそれが見え隠れし。

 今回のクラブ新人戦では、予選一試合目からそれがはっきりと、くっきりと、見えていた。

 

 

 ただ、その課題を克服できると確信している。

 

 決勝トーナメントの一試合目。

 その一点目に片鱗を見た。

 

 あれは綺麗で、うまくて、観ていて面白くもあった。

 

 サッカーにたまたまなどない。

 

 一度だけでもボールを遠くに飛ばすことができれば、それをする力があるということだ。

 

 一回でも良いディフェンスができたということは、それができる感覚を持っているということだ。

 

 ある時、最高のシュートを決めることができたということは、その才能が秘められているということだ。

 

 あとは、それをコンスタントに発揮できるかどうか。

 

 それは心の問題もあるだろうし。

 熟練度をあげることも必要だ。

 

 良い攻撃を行うためには何が必要なのか。

それを理解し。

それを一つも欠かすことなくグラウンドで行うことができるようになれば。

 

いつしかそれは我々にとって特別うまくいったものではなく、普通になる。

 

 

 そうして、また新たな特別を普通にするため、練習するのだ。

 

    新人戦と言う大会名を、私は気に入っている。自分たちの現在を明確に表しているからだ。


   まだまだこれからってわけだ。


   たくさんのものを特別から普通にして。どんな時でもサッカーを楽しめるように。


   守備を、攻撃を、心を。

   磨いていこうじゃないか。

 

 

 以下、謝辞。

 

 今大会を運営していただいたクラブ連盟様ありがとうございました。

対戦いただいたチームの皆様、ありがとうございました。

 

そして、強風の中応援してくださいました保護者の皆様、ありがとうございました。

 

 

 結局、雪はみぞれへと変わってしまった。

 やがて晴れ間も差してきて、特別な時間は終わりを告げる。 

 

 変わらないものはない。

 終わりも必ずやってくる。

 

 それでも、もう一度くらいは降ってくれるはずだ。

 

 次は、雪景色を楽しめるように――。